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福岡高等裁判所 昭和56年(う)411号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

控訴の趣意は、弁護人藤井亮提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官橋本昂提出の答弁書に、各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について。

所論は要するに、原判示第三の事実は、被告人が満一六歳になる相愛の女子と性交を結んだというだけの違法性のない行為である、原判決がこれに適用した福岡県青少年保護育成条例(以下、本条例という。)一〇条一項、一六条一項は、満一八歳未満の青少年に対し淫行をした者を処罰しているが、保護の対象を同じくする児童福祉法三四条一項六号、六〇条一項では児童に淫行をさせる行為が処罰されるに止まり、児童との単なる性交は放任されているのである。したがって、児童を青少年と言いかえ、これとの性交を罰する本条例一〇条一項、一六一条一項は、児童福祉法三四条一項六号、六〇条一項を逸脱しており、地方自治法二条三項但書及び同法一四条五項に違反するから無効である、そもそも婚姻適令の満一六歳に達した女の自由意思による性行為を規制することは正義の許容しないところであるが、若しこれに対する淫行を処罰する場合には法律によるべきであり、条例を以て律すべきではない、以上のとおり原判決には無効な条例を適用した違法があるから破棄を免れないと主張する。

しかし、本条例一〇条一項、一六条一項は、児童福祉法と異なり、満一八歳未満の者に対し淫行をした者を二年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金に処しているが、これは児童福祉法二条が地方公共団体に対しても児童を健全に育成する責任を負わせている法意に則り、児童のより一層の保護を目的として福岡県が制定したものと思われ(本条例一条参照。)、一八歳未満の未だ心身が未成熟な青少年に対して、淫行が悪影響を与えることが多いことに鑑みると、条例でこれを禁止し罰することが必要でないとはいえず、正義に反するともいい難い。況や、児童福祉法三四条一項六号、六〇条一項に児童に淫行をさせる行為を処罰する規定だけしかないことのゆえに、本条例の右条項がこれに違反することになるとは考えられないから、同法の右規定は地方自治法二条三項但書及び同法一四条五項の特別の定に該当しないと解するのが相当である。また住民意思の尊重など地方自治の精神に照らせば、自治体内の青少年を保護育成するために、その障害となるこれに対する淫行を条例により禁止し処罰することに問題はなく、必ず国の立法によらなければならないという合理的な理由もない。以上のとおり本条例の前記条項は有効であるから、これを適用した原判決には法令適用の誤り等はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について。

要するに所論は、原判示第五の酒気帯び運転の事実について、被告人は、本件運転の約六時間五〇分前にビールをコップ二杯飲んだだけであるとの旨、捜査以来述べている、一方被告人に対する呼気測定は、事故のため意識不明の状態で治療室のベッドに仰臥していた被告人から、令状なしに採取した呼気を検知鑑定したものであるから違法であり、その結果を証拠とすることは出来ないうえ、当時右治療室内には医師や患者ら酒気を帯びた者がいたので、室内の空気の状況等に照らすと、右鑑定の結果は疑わしく正確さを欠いている、したがって右事実について被告人は無罪であり、原判決はこの点で破棄を免れないと主張する。

しかし、関係証拠によれば、本件呼気採取は、意識があるのかないのかはっきり判らない状態にあった被告人から令状なしに行なったものであることは否定し難いが、その方法は、泥酔者用の風船の吹き口の一辺を破ったものを、ベッドに寝ている被告人の口の上にもっていき、自然に吐き出す息をこれに集めたもので、特に被告人がこれを拒否したり、あるいは強制力を用いたりしたわけではないと認められるから、令状によらなくても違法であるとまではいえないと解するのが相当である。また、以上のような方法により採取された被告人の呼気の中には、外部の空気が混入していることが考えられないではないが、これによって被告人の呼気中のアルコールの濃度がうすめられることはあっても、高められることはありえないと考えられる(同室者数名が酒気を帯びていたからといって、これらの者が吐く息によって室内の空気が一リットル当り〇・二五ミリグラムものアルコールを含有するような状態に達するとは常識上到底考えられない。)。ところで司法巡査作成の鑑識カードによれば、右のようにして採取された被告人の呼気から、一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールが検知されたことは疑いなく、この鑑識カードその他原判決の掲げる関係証拠によれば、原判示第五の事実を優に認めることができるのであって、右認定に反する被告人の弁明は措信し難く、その他所論に鑑み記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌しても、原判決には所論のような事実誤認があるとは考えられない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(量刑不当の主張)について。

本件各犯行の罪質、態様、とりわけ原判示第一の犯行は暴力団員ら六名による計画的報復事件であり、無抵抗の被害者に対し登山ナイフで顔面を切りつけ右前腕部を突き刺し、特殊警棒や木製椅子で頭部を殴打し、匕首や日本刀で右胸部、右上腕部、右背部、右手掌部、右腿部などを切りつけて、計六一針も縫合するという入院加療約一ヵ月間を要する重傷を負わせたという重大事件であって、被告人が率先してこれを行っていること、原判示第二の三のとおり、きわめて殺傷力の高い短機関銃一丁を所持していたこと、原判示第四の交通事故は、交差点付近で脇見運転をし、青色信号に従って進行中の車輛と激突、一名を死亡させ、三名に重軽傷を負わせたというもので、過失の程度、結果とも重大であること、しかもその際被告人は原判示第五のとおり酒気帯び運転をしていたこと等に徴すれば、被告人の刑事責任は重大である。これに被告人が原判示累犯前科のほかにも、昭和四九年に恐喝罪で執行猶予付き懲役刑に、昭和五〇年傷害罪で罰金刑に処せられた各前科があることを合わせ考えると、所論指摘の諸事情を被告人に有利に斟酌しても、原判決の量刑は相当であって、重過ぎるとは認められない。この点の論旨も理由がない。

そこで、刑訴法三九六条、刑法二一条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 德松巖 裁判官 斎藤精一 桑原昭熙)

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